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2014年1月の5件の投稿

2014年1月28日 (火)

三菱商事企画部在勤時代の同僚と約15年ぶりに交流

企画部在勤時代の同僚と久しぶりに交流しました。

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丸の内仲通りビル地下一階にある「中華 D3倶楽部」にて会食。外部の利用者は、入館証が必要です。 小さい写真も含め写真すべては、写真面でクリックすると拡大します。

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私が、岩手で購入したお酒「南部流伝承造り大吟醸 あさ開」 と 前菜で中華コースがスタートしました。 日本三代杜氏に数えられる「南部杜氏」の故郷、 岩手県産の米・水・人にこだわった【岩手之証ブランド】 『岩手之米』『岩手之水』『岩手之人』 あさ開『南部流』シリーズ. 南部流伝承造り大吟醸.、¥3,150 1.8㍑

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本日のメニューは、次の通りです。残念ながら、飲み食いに没頭し、以下のメニューの写真を撮るのを忘れましたので、画像はありません。

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今回のブログは、決定的な写真がなくて、うまく編集出来ませんでした。けれども皆さんとこうして楽しい時間を過ごせて\(~o~)/ファとした気持ちになりました。

2014年1月18日 (土)

世界遺産「白川郷合掌造り」と飛騨高山を訪問

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埼玉から上信越自動車道と北陸自動車道を利用し、498km 5時間50分のバス旅でした。往路は、厳しい雪にもならず、順調な運転でした。PAでの休憩は、これまた地元の味や雰囲気が楽しめて、日本再発見です。

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白川郷蕎麦庄「やまこし」

初日夕食は、白川郷にある蕎麦屋「やまこし」で、自家栽培の蕎麦から作っている蕎麦を堪能しました。この店の主人は、店でだす蕎麦は、10町歩の畑で自ら栽培しています。

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白川郷合掌造り

ユネスコ世界遺産にも登録される、岐阜県と富山県にまたがる白川郷・五箇山の合掌造り集落。合掌造り、冬場の魅力、毎年行われるライトアップ。神秘的かつ幻想的な日本の原風景を見に行きました。年に7回ライトアップされる初日1月18日に行きました。

世界文化遺産「白川郷・五箇山合掌造り集落」・・・平成7年12月、岐阜県白川村荻町(白川郷)と富山県上平村菅沼、平村相倉(五箇山)の3集落が世界文化遺産に登録された。白川郷を訪れる観光客は、登録前で約60万人程度だったものが、世界遺産に登録されると格段に増え、平成8年に100万人、昨年は150万人を突破したと言う。人口わずか2000人程度の小さな村に、秋田県の人口117万人を遥かに上回る観光客が押し寄せる。

http://tokuzo.fc2web.com/2003/sirakawa/sirakawa.htm

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Dsc01187_edited 和田家は、荻町合掌集落で最大規模を誇る合掌造りです。江戸期に名主や番所役人を務めるとともに、白川郷の重要な現金収入源であった焔硝の取引によって栄えました。現在も住居として活用しつつ、1階と2階部分を公開しています。築三百年の合掌造りです。

間口14間、奥行き7間の建坪は、白川村に残された合掌造りの家屋としては最も規模が大きい。しかも、庭や生垣、周囲の田畑や水路などの周辺環境の保存状態も良いことで知られ、代表的な合掌家屋として御母衣(みぼろ)の旧遠山家と並び称される風格と美しさを誇っています。

主屋に加え、土蔵や便所を含めて文化財に指定されており、和田家代々で使用された遺物や民具が展示されています。

入場料は、三百円で、受付をしている方が、20代目の和田さんです。

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富山の薬

富山で、越中反魂丹を看板商品とし、今も薬都とやまの伝統を受け継ぐ池田屋安兵衛商店です。 ... 反魂丹伝説 体に魂を呼び戻す妙薬, 医学や薬学がまだ未開の時代にあって、反魂丹こそが、日本を代表する最初の和漢薬と言われた。

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反魂丹の製造過程。小さな穴から反魂丹を押し出し、台に並べる。その後、板で表面を転がし、球体にする。

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反魂丹は二日酔に効き、飲む前に服用すると悪酔いしないと言うので、1袋3500円で購入しました。

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飛騨の小京都

高山市の中心市街地には江戸時代以来の城下町・商家町の姿が保全されており、その景観から「飛騨の小京都」と呼ばれている。観光ガイドでは飛騨高山と記され、全国各地から毎年非常に多くの人が観光に訪れる。また、最近は、「日本の原風景を残す街」として紹介され、日本国外からの観光客も増加している。高山市の中心市街地には江戸時代以来の城下町・商家町の姿が保全されて おり、その景観から「飛騨の小京都」と呼ばれています。

_edited2_3 現在の宮川朝市は1953年5月1日から始まったものであるが、飛騨高山朝市そのものの歴史は古く、江戸時代より高山別院 照蓮寺付近で始まった朝市に端をなすとの記録が残されている。 戦後、1947年に安川朝市組合が結成され、結成当時は安川通りで行われていたものの、1953年にその安川通りが国道158号に含まれたことから、県から立ち退きを命じられている。その移転先として始まったのが宮川朝市となる。Dsc01304_2

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宮川朝市(みやがわあさいち)は、岐阜県高山市下三之町(宮川沿い)の路上にて、飛騨高山宮川朝市協同組合によりほぼ毎朝行われている朝市である。石川県の輪島朝市、千葉県の勝浦朝市と並ぶ、日本三大朝市のひとつとも言われ、高山市を代表する観光名所のひとつである。季節によって並ぶ店は野菜屋、花屋、味噌屋、そして漬物屋と様々ですが、約60軒の店が立ち並びます。

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古い町並み

Dsc01315 高山市内の古い町並み。城下町の中心、商人町として発達した上町、下町の三筋の町並みを合わせて「古い町並」と呼んでます。出格子の連なる軒下には用水が流れ、造り酒屋には看板ともいわれる杉の葉を玉にした「酒ばやし」が下がり町家の大戸や、老舗ののれんが連なっています。

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高山陣屋

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高山陣屋(たかやまじんや)は、江戸幕府飛騨国直轄領として管理するために設置した代官所・飛騨郡代役所(陣屋)。現在の岐阜県高山市八軒町に置かれた。

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元来は飛騨高山藩主であった金森の所有する下屋敷だったが、1692(元禄5年)に幕府が飛騨を直轄領として以降、伊奈忠篤らによって整備され、代官所として用いられるようになった。1777年(安永6年)以降は郡代役所となった。明治維新後は筑摩県高山出張所(のち岐阜県高山支庁)庁舎として用いられた。

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1929年には国の史跡に指定されたが、その後も様々な公共機関の事務所として利用された。1969年まで県事務所として利用されていたが県事務所が移転後、現存する唯一の陣屋であることから文化財として保存する方針が示された。1996年(平成8年)3月、1830(天保元年)の絵図を基に約20億円を掛けて蔵番長屋、郡代役宅、奥座敷などが、ほぼ江戸時代の状態にまで復元された。



 

2014年1月12日 (日)

39年ぶりに慶應大学體育會空手部の寒稽古に行ってきました。

2014.1.12 寒稽古の後に蝮谷道場で集合写真。 

Youtube_11 動画 http://youtu.be/p5WppbTFkz8

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日吉体育館柔道場での寒稽古。

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奈倉宣久三田空手会会長(左) 昭和44年卒 仁井先輩

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昭和47年卒 和田コーチ(左)、昭和42年卒 和田先輩 兄弟で活躍され、和田コーチは、初代世界空手選手権で、優勝。

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昭和46年卒 川上先輩(右)

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寒稽古の後は、蝮谷道場に移り、雑煮会&進級審査が待っています。楽しみもあり、学生にとっては、審査前の緊張感もあります。

雑煮会を準備中の女子空手部員(下写真)。私の頃(昭和50年卒)は、女子部員は、マネージャー一人でしたが、随分女子部員がおり、型の演技では、学連でも優勝する程のレベルです。頑張れ、男子部員!!

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寒稽古、皆勤した者には、皆勤賞が贈られます。

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新旧幹部(主将等)交代式。榊原部長(慶大教授)よりご挨拶(左下)。 奈蔵三田空手会会長挨拶(中央下)。

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末弘監督(右下)より、ご挨拶。

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学部生一同、集合写真。

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39年ぶりにお会いした昭和39年卒の矢島先輩(左) 元三田空手会事務局長。

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これから、進級審査が、始まります。誰が、三級になるか、初段になるかなど(例) 楽しみでもあり、緊張もあります。

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  Youtube_9   進級審査前の模範演技    http://youtu.be/vPUR3WEBgVo

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Youtube_12  進級審査演武 http://youtu.be/bruBsBl8aT8

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自由組手の試合内容も随分変わりました。当時は、スポンジのようなものを両手に拳につけておこなっていましたが、現在は、グローブ、すね当て、胴当てをつけて行うようです。

技あり、一本ではなく、ポイント制となっていました。

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進級審査後、奈蔵稔久審査委員長から学部生に対する講評。昭和44年卒 今回が最後の講評になります。現在、世界空手道連盟の日本人初の理事で、これから世界各国を廻り、忙しくなる身になるようです。

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これで、寒稽古は終わりでした。終わったのは午後5時過ぎですから、丸一日の長丁場でした。これで帰宅します。今日一日を、動画に纏めました。 Youtube_10http://youtu.be/p5WppbTFkz8

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2014年1月10日 (金)

三菱商事同部門配属の旧友と交流

久しぶりに、商事の同部門配属の旧友と交流しました。

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左は、韓国でお世話になった田中俊一さん、右は、3年後輩の森賀弘さん。(○`・ェ・)ノ【こ】【ん】【に】【ち】【ゎ】

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左は、現在資材本部の3年後輩の奥西孝治さん。当時と比べてスマートになりましたが、まだ人並み以上です。髪が黒黒で、減りもせず、一番若く見えますね。

2014年1月 1日 (水)

冬の風物詩 年末から年明けの津軽の旅

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2013.12.31~2014.1.3 津軽の旅 初日 これから津軽へ旅立ちます。

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埼玉からバスで走ること 約540Km 6時間半で武家屋敷で有名な仙北市角館に着きました。久保田城主の一族である佐竹義隣が統治し、200年余り仙北地方の拠点として栄えました。

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石黒家は、佐竹北家に仕え、財政関係の役職についていた家柄です。茅葺き屋根の母屋とのぞき窓のついた黒板塀、正玄関と脇玄関を備えて武家の高い格式を示しながら簡素なただずまいとなっています。現存する角館の武家屋敷の中で格式が一番高い家柄の屋敷です。
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武家屋敷案内図

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家を案内してくれた13代目の石黒直伸さん(右)、12代目は、現在も、この屋敷に住んでいます。

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次に青柳家を訪問しました。青柳家は、もともと芦名(あしな)氏の家臣団の優力な武将でしたが、芦名氏が絶えた後は佐竹北家(さたけきたけ)に仕えました。屋敷は広く敷地の入口に薬医門、道沿いには武者窓とよばれるのぞき窓のついた造りになっています。

http://www.samuraiworld.com/facilities/index.html

敷地内の展示館は、代々伝えられた武具や美術品などの公開施設になっています。

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ホテルパールシテイ秋田竿燈大通りに宿泊。

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大学卒業以来会っていなかったゼミの旧友、今野と再会。押しかけにもかかわらす、秋田料理屋に案内していただき、感謝してます。相変わらず彼は、白髪になっただけで変わっていませんでした。

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秋田の地酒、はたはたの煮物、地鶏の甘煮は、美味でありました。

津軽の旅、二日目 「なまはげ」に会いに行くことから始まりました。

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なまはげは、大晦日に秋田県の男鹿市と三種町、潟上市の一部の各家々で行われる伝統的な民俗行事。「なまはげ」は基本的には山の神々の使いとして里に来訪し、怠惰や不和などの悪事を諌め、災いを祓いにやってくる使者(鬼・妖怪の類い)であり、家人は正装をして丁重にこれを出迎えるという日本の民間信仰のひとつです。

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なまはげを祀る真山神社。男鹿のなまはげは、真山(しんざん)に鎮座する神々の化身と信じられている。豊作、豊漁、吉事をもたらす神として丁寧に迎えもてなす。

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下の男鹿真山伝承館は、男鹿地方の典型的な曲家(まがりや)民家です。ここでは、元来、民俗行事として大晦日にのみ地元の人以外には中々見ることが出来なかったナマハゲ習俗を広く観光客の方にも知ってもらうために、古い伝統としきたりを厳粛に受け継いでいる真山地区のなまはげ習俗が体感できる学習講座を行っています。

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なまはげの語源は「モナミを剥ぐ」という言葉がなまったもの。モナミとは炉端にかじりついている時に手足にできる火型のことで、それを剥ぎ取り、怠惰を戒めるのがなまはげである。http://youtu.be/1aBplx1MPw8

なまはげ伝承ホールで、太鼓演奏とパホーマンスを見学。彼らは海外にも出かけてそのホーマンスを披露しているそうです。

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なまはげ館では、男鹿市内各地で実際に使われていた110体&40枚(計150枚)の多種多様なナマハゲ面が勢ぞろい。

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次に向かうは、黄金崎不老ふ死温泉です。湯けむりの向こうに雄大な日本海の景色が広がる大浴場には、サウナや日本海パノラマ展望風呂があります。また、名物の海辺の露天風呂は日本海に面し、潮騒をうけながら、美しい夕陽を眺めながらの入浴が楽しめるはずでしたが、今回は、波が高く利用することが出来ませんでした。残念!

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海岸にある露天風呂。当日は、波が高く使用出来ませんでした。

昼食は、深浦町名物のマグロステーキ丼でした。名物と言える程でもないので期待しない方がいいですよ。(感想)

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深浦町の千畳敷(せんじょうじき)は、青森県西津軽郡深浦町にある海岸。津軽国定 公園に属しています。

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旅の2日目の夕食は、青森県五所川原市のおふくろの味「三宝汁定食」でした。余りお勧めしません。

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津軽の旅、三日目 津軽鉄道ストーブ列車に乗る

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ストーブ列車は、五所川原駅から金木駅まで大人530円 約12km 25分

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ストーブ列車は1日に18往復 R五能線の五所川原駅(津鉄の駅名は津軽五所川原駅)から津軽中里駅まで運行されています。19.1Km 45分
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ストーブ上でスルメが焼かれ、車内は様々な人たちの交流の場です。石炭ストーブで焼いたスルメイカで一杯。
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車内は懐かしいノスタルジックな作りとなっています。1両に2台置かれたダルマストーブの燃料は石炭です。赤々と燃える石炭ストーブの周りにはたくさんの人が集まり、地元や他県の言葉が行き交う、憩いの場となります。
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ここ金木には、太宰治の生家があります。本名、津島修治。青森県津軽の大地主の家に生まれる。父親は貴族院議員も務め、邸宅には30人の使用人がいた。小学校を首席で卒業。14歳の時に父親が病没し、長兄が家督を継ぐ(太宰は六男)。16歳の頃から小説やエッセイをクラスメートと作った同人雑誌に書き始める。又 歌手 吉幾三も金木出身です。
日本の道百選」にも選ばれた伝統的建造物が残る黒石市の中町通りの「こみせ」は、藩政時代から今に残るアーケード状の通路です。現在もまとまった形で残されているのは、全国的にも類例がないといわれています。
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金木から黒石温泉郷向かい、そこには津軽伝承工芸館こけし館の2施設を併設。津軽塗など伝統工芸をはじめ、津軽三味線、黒石つゆ焼きそば、100人足湯、こけしの絵付けなど楽しめます。
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津軽三味線(つがるしゃみせん、つがるじゃみせん)は、津軽地方(現在の青森県西部)で成立した三味線音楽。現代においては特に独奏を指して「津軽三味線」と呼ぶ場合が多い。撥を叩きつけるように弾く打楽器的奏法と、テンポが速く音数が多い楽曲に特徴があります。
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演奏者の職業(左)は、りんご農家です。20歳ころから津軽三味線を習い始めたそうです。
これから、夕食に出かけます。わんこそばと南部そば会席の盛岡にある老舗「東屋」に向かいます。
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老舗「東屋」は、創業明治四十年。以来この盛岡に、そば料理店として、暖簾を守り続けています
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今夜の宿は、ホテルパールシテイ盛岡です。
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津軽の旅 四日目 最終日
最終日の周辺を散歩。
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盛岡は、人口三十万人ですが、思ったよりも大きく駅前の景色は、情緒ある風情でした。
地酒の試飲が出来る酒造り「あさ開」で買い物。
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左のセット 13,000弱円を10,000円と言うので、衝動買いをしてしまいました。
平泉に移動
平泉は藤原清衡から藤原泰衡の4代にわたっての奥州藤原氏の本拠地となり、藤原氏の治世のもと、100年近くにわたって繁栄し、みちのくは戦争のない「平泉の世紀」でした。
しかし、そこに、源平の戦いや一ノ谷や屋島の合戦で活躍した源義経が、兄頼朝と対立し平泉に落ちのびてきました。まもなく、義経を保護した秀衡が病死すると、4代泰衡は頼朝の圧力に耐えかねて、文治5年(1189年)義経を急襲して自害させました。しかし、泰衡も頼朝に攻め滅ぼされ、1189年奥州藤原氏は滅亡しました。
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岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関 中尊寺
中尊寺(ちゅうそんじ)は、岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗東北大本山の寺院。奥州三十三観音番外札所。山号は関山(かんざん)、本尊は阿弥陀如来。寺伝では円仁の開山とされる。実質的な開基は藤原清衡。
冬景色の金色堂覆堂 
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中尊寺を訪れた松尾芭蕉像と共に
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江戸時代前期の元禄2年(1689年)、平泉を訪れた松尾芭蕉は、奥州藤原氏の当時繁栄を極めた居館のあった場所が、田野となっている有様を見て、夏草や 兵共(つわものども)が 夢の跡と俳句を詠み、また朽ちかけていたもののかろうじて光を残す中尊寺金色堂においては、五月雨の 降(ふり)残してや 光堂の句を残しています。
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毛越寺(もうつうじ)は、近年になって復興された岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗の寺院。開山は慈覚大師円仁。現在の本尊は薬師如来、脇侍は日光菩薩・月光菩薩である。
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毛越寺 A 毛越寺お休み処 B  中尊寺は 紫の印
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毛越寺境内にて
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毛越寺庭園 極楽浄土を再現した池
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【岩手県産いわいとりめし】 今日の昼飯
以前より岩手県産の地鶏、いわいどりとして有名。そのいわいどりをほどよく味つけし、ふんだんに入れた岩手ならではの駅弁
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【仙台名物牛タン弁当】 今日の夕飯
仙台名物の牛タン弁当。しかもお燗機能付きのスグレものです。ひとつ1000円は高いか、安いかは買った人の考え方次第。外箱についている紐を引くと5~6分でホカホカ。帰りのバスの中の夕食
これで、四日間の津軽の旅から無事帰宅しました。

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