« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »

2014年3月の14件の投稿

2014年3月28日 (金)

東京スカイツリーを見学しました。

Dsc02628_2 2011年11月17日のギネス世界記録TM認定で、世界一の高さのタワーと認められた、東京スカイツリー。タワー内には、展望施設、オフィシャルショップ、レストランカェなどが 入っています。東京スカイツリー天望デッキ(350m)、東京スカイツリー天望回廊(450m)、最寄りの業平橋駅も、オープンに伴いとうきょうスカイツリー駅へと生まれ変わりました。東京スカイツリーの近くには下町の人気観光スポットも沢山。世界一の観光タワーを中核とした大規模複合開発により、東東京エリアの新たな交流、観光、産業拠点を形成。

Dsc02629 Dsc02630_3

Dsc02638_2

そらまちタウンの店舗は、やはり人人で大変です。

Dsc02635_4 Dsc02634_6

Dsc02636

このように、チケット売り場は、購入者の長蛇の列でした。外では、整理券がくばわられています。

 

2014年3月24日 (月)

三菱商事OB’70年代入社組が恵比寿に集合

三菱商事繊維部門’70年代入社、20年ぶりか30年ぶりかの再会。1970年代にもどりました。みなさん、容姿は、老けてもまだ青年でした。http://youtu.be/qtVxKwR85ao

Dsc02594

2014年3月23日 (日)

私の町、杉戸カレー料理大会

Dsc02504杉戸は、なんでカレーなの? 今をさかのぼること6年前、町内の堤根地区にカレー工場がありました。国道4号線を春日部方面から杉戸町に差し掛かるとどこからともなく香辛料のにおいがしてきたそうです。残念ながら工場はもうありませんが、町内の何軒かのお店はこのカレーを使っていろいろメニューを作っていたそうです。そこで、いろいろなカレーメニューを開発しカレーを食べて元気な町にしたいと、思いをこめて杉戸グルメ創出研究委員会は、カレーをキーワードにした町おこしを行っています。 http://youtu.be/kCMEHDvppn8

Dsc02511 Dsc02510

Dsc02515私は、定番のカレーうどんを賞味しました。一杯300円。東武そば打ち同好会が頑張っていました。

Dsc02521

Dsc02518

Dsc02523ハワイアン倶楽部もステージで熱唱でした。

Dsc02522

Dsc02513

トリッパ(牛の胃)のカレー煮込みに誘導していましたが、なかなか並んでくれません。しょ気ずに明るく頑張っていました。

Photo_3

Dsc02512

Dsc02524

 

2014年3月11日 (火)

イスタンブール地下宮殿

Photo_2 東ローマ帝国時代の5世紀から貯水池として使われていた地下宮殿。その歴史を感じさせる荘厳さと、フォトジェニックな雰囲気が私たちを魅了します。

宮殿という名前がついているけれど、実はここ、ビザンチン帝国時代から続く地下貯水池。黒海に近い水源から19キロかけて水が運びこまれ、ここからアヤソフィアやトプカプ宮殿などに供給されていたのだとか。ローマ時代から残る、何本ものコリント式やイオニア式の柱がオレンジ色の照明でほのかにライトアップされている様は、確かに厳かな宮殿を思わせます。

東ローマ帝国時代の6世紀頃、ユスティニアヌス1世によって建設されたこの建物はオスマントルコ帝国時代に再発見され、トプカプ宮殿へも水を供給するようになります。その後再び放置されますが1985年にイスタンブール市によって改めて修復され、1987年より一般公開を開始。貯水池としてはもっと広さがあり、この辺り一帯の建物の地下とつながっているという説もあるとか。

Dsc02395

薄暗い水面に、森の木々のようにそびえ立つ大理石の柱……。地下宮殿にはどこか違う時代に入りこんでしまったかのような雰囲気を感じます。

Dsc02397_3 Dsc02398

階段を数段降りて右手に大きな柱が2本あり、それぞれ柱の土台部分にメデューサの顔が使われています。なぜか一つは横向きで、もう一つは上下逆さ。なぜこのように置かれたのかについては、メデューサの目の魔力を封じ込めるためだとか、単なる高さ調整、ローマ文明がギリシャ文明征服の意味を込めたため、あるいは多神教から一神教への移行時代に封じ込めの意味があった……などなど色々な説があります。

 

イスタンブール考古学博物館

Dsc02438考古学博物館 はトプカプ宮殿の第一庭園のちょうど内側にあります。古代遺蹟の宝庫とも言える展示品の中には、あの名高いアレクサンダー大王の石棺やアッソスのアテナ神殿の正面も含まれています。古代オリエント博物館には、シュメール、バビロニア、アッシリア、ハッティ、ヒッタイト文明の遺物が展示されています。(月曜休館)

Dsc02439_2

http://youtu.be/VhY1K-uVGt0

 

2014年3月10日 (月)

イスタンブールにある寺院 リュステムパシャモスク

20140310_121019707_ios 一般的な観光ではあまり行かないリュステムパシャモスクが好きです。商店街の中にあり、ここがモスクだと言われなければわからないほどの小さなモスクですが、ここでの一番のお勧めは一面に張られたイズニックタイル。このタイルは有名なブルーモスクよりも古いものだと言われています。

20140310_121028619_ios

20140310_121047393_ios

Dsc02383 Dsc02384

Dsc02385

 

イスラム諸国において多様な装飾タイルが製造されたが、中でもイズニック・タイルが有名である。 イスタンブールのモスクや宮殿を飾るタイルは、全てイズニックで製造された。イズニックでは、15世紀から17世紀にかけてオスマン・トルコのスルタンの 庇護の下、精緻で華麗な植物文様・幾何文様・装飾文字文様タイルが制作され、ユーロッパにも輸出された。トマト赤(サンゴ赤)と呼ばれる光沢があり盛り上がりのある赤色や トルコ・ブルーの青色は、見る人を魅了してやまない。残念ながらイズニック・タイルは、トマト赤を生み出した原料の金属酸化物が枯渇した為に、17世紀末にその制作は途絶えて しまった。イズニック・タイルの形状は多様で、厚さも厚い。

イスタンブール最大の見どころ、トプカプ宮殿

Photo あの、世界を制したオスマントルコ帝国の最盛期を約400年にも渡って支え続けたのがここ、トプカプ宮殿。日本で「トプカプ宮殿の至宝展」が開催され人気を博したのも記憶に新しいけれど、確かにその目もくらむような宝石の数々が収められた宝物館、タイルが美しいハレム、目も覚める絶景が広がるバーダッド・キョシュキュなど、見どころ満載。できれば半日はかけてじっくりまわってほしいスポットです。

このトプカプ宮殿は、コンスタンティノープルを征服したメフメット2世が1459~1465年という7年近くの歳月をかけて建設させたもの。1876年にスルタン・アブドゥルメジドがドルマバフチェ宮殿に移り住むまでのおよそ400年、オスマントルコ帝国歴代のスルタンの住居及び政治・行政の中心となってきました。

Dsc02353 ロケーションは、金角湾、マルマラ海、ボスポラス海峡が見渡せる丘の上。自然の要塞に囲まれているという防衛上の理由もありますが、宮殿奥にある高台からの眺めは最高です。

Dsc02355

Dsc02354

Dsc02341   Dsc02342

Dsc02343   Dsc02344

Dsc02345   Dsc02346

Dsc02348   Dsc02349

トプカプの敷地は基本的に庭園がベースになっており、その脇に小さな部屋がいくつか並んでいたり、キョシュキュと呼ばれる離れとしての小さな建物がいくつかあるだけだからです。

これはオスマントルコ帝国が中央アジアから移動してきた遊牧民族の国であり、基本的に屋内エリアに関してはそれほどゴージャスな建築を求めておらず、むしろ屋外の自然との関わりを重要視していたからだといえるでしょう。

また、当初はテントでくらしていたスルタンたちも、歴史を追うごとに必要に応じて小部屋やキョシュキュを作るなどして増改築を繰り返してきたため、中には迷路のように入り組んでいるところも。

イスタンブール自由観光

イスタンブール自由観光

20140311_071943274_ios_2 三菱商事イスタンブール支店に勤務する同期の後藤さんが、会社を休んで2日間、市内観光をしてくれました。 イスタンブールはアジアとヨーロッパの2つの大陸にまたがる都市です。その中心を貫くボスポラス海峡は、黒海、マルマラ海、そして金角湾に注ぎ込んでいます。イスタンブールは、かつてローマ帝国、ビザンチン帝国、オスマン帝国という3代続いた大帝国の首都でした。これは、今もイスタンブールの誇りです。また、イスタンブールは輝かしい未来が期待される一方、過去の遺産も数多く残しています。実際、イスタンブールを訪れる人々を魅了するのは、その多彩さです。博物館、教会、宮殿、偉大なるモスク、バザール(市場)、美しい自然など、見どころに尽きません。

Photo_2

ヨーロッパ側とアジア側の二大大陸にまたがるイスタンブールは、世界遺産や歴史的観光ポイントから、ベリーダンス、トルコハマムに至るまで、見どころが多層に渡る魅力満載の町。

20140310_082230234_ios 優雅な6つの尖塔を持つ スルタンアフメット・モスク です。1609年~1616年に建築家メフメットによって建てられたこのモスクは、内部の壁が美しい青と白のイズニックタイルで飾られていることから、 ブルーモスク という名で広く知られています。
巨大なドームと4つの鋭い尖塔を持つ スレイマニエ・モスク は、金角湾の西岸にそびえ建ち、イスタンブールのモスクの中でも最も美しいモスクと言われています。1550~1557年にオスマン帝国の黄金時代の有名な建築家シナンによって建てられたこのモスクは、丘の頂上にあって、中庭の四隅にそびえる4つの尖塔がその大きさを際立たせ、どこからでも人目を引きます。内部のミフラブ(祈りのための壁のくぼみ)と説教壇はみごとな彫刻が施された白の大理石で出来ていて、美しいステンドガラスの窓から差し込む光は鮮やかな色に染められます。

20140310_082051682_ios

20140310_082955867_ios 20140310_083003330_ios 20140310_083349648_ios

Dsc02360 Dsc02362 Dsc02363

通常、モスクの周囲にはその規模によってミナレットと呼ばれる尖塔が1~4基設置されます。一番大きいモスクでも4基が普通ですが、このスルタンアフメットモスクにはなんと6基のミナレットが。これには、当時スルタンの命令の「アルトゥン(金)」を「アルトゥ(6)」を聞き間違えた建築家が、金のミナレットを建てる代わりに6本のミナレットを建ててしまったといういわれもあります。また、当時メッカの聖モスクが6本のミナレットを持っていたため、これにあやかる代わりにメッカの聖モスクにミナレット1基が献上されたという話も残っています。いずれにせよ、現在スルタンアフメットには世界で唯一、ミナレットが6基あるのです。

20140310_084745938_ios

Dsc02365 旧市街にある カパル・チャルシュ と呼ばれる屋根付き市場(グランドバザール)から始めましょう。狭い路地が複雑に入り組んだこの迷宮のようなバザールには、4000軒以上の店があります。

それぞれの通りの名は、金細工師通り、カーペット商人通り、スカルキャップ(ビロードでできた室内帽)職人通りなど、商いが決められた区画で行なわれていたかつての日々を彷彿とさせます。今でも旧市街の商業中心地す。トルコの特産品といえば、トルコ工芸品、世界に名だたる絨毯、すばらしい手描きの陶磁器、銅製品、真鍮製品、水パイプなどがあげられます。http://youtu.be/oe0h8Vgyp4A

Dsc02366

Dsc02367  Dsc02368

Dsc02369_2

店に入ると、地下と2階も店となっていて、商品が陳列されている。

Dsc02371 Dsc02373 Dsc02372

バザールとは別に、通りにある信頼できるという店「TEPOT」にも行きました。

Dsc02375 20140310_094729518_ios

昼は、後藤さんが、安くて美味しいと勧めてくれた店に行きました。2人で42リラ(2100円)でした。

Dsc02376 Dsc02378 Dsc02377

この後、別のバザールに行き、陶器を求め探ししました。

Dsc02381_2 

Dsc02382_2 Dsc02380

ここで、小さめのコーヒーカップセットを、6脚買いました。

20140311_071523861_ios アヤソフィアは、元来キリスト教の大聖堂である。最初の聖堂は、首都コンスタンティノープル(コンスタンティノポリス)にコンスタンティヌス大帝の子コンスタンティウス2世の手によって350年頃に建設が始まり360年2月15日に、アリウス派僧侶の司教アンティオキアのユードクシウスによって献堂された。コンスタンティヌス帝によって総主教会として建てられましたが、404年に火災で焼失。その後415年にテオドシウス2世が再建するも、今度は532年のニカの反乱で崩落の目に遭います。ユスティニアヌス帝がその40日後に3度目の建て直しに取りかかり、これが537年に完成。現在ある建物はこの時のものです。3度も建て直されたとはいえ、今のアヤソフィアでさえ日本がまだ大和朝廷の頃に建てられたのですから、いかに古い建築物か実感することができますね。http://youtu.be/QiFBrBr4WcY

20140311_070118022_ios

20140310_121028975_ios_2

20140310_121047393_ios

20140310_121047014_ios

20140311_071523861_ios_2 20140311_071531781_ios

20140311_071544734_ios

20140311_071943274_ios_3

20140311_073428233_ios 20140311_073837414_ios 20140311_074010486_ios

20140311_072927518_ios   20140311_073018217_ios 20140311_073136875_ios

20140311_074010486_ios_2

 オスマントルコ帝国時代はモスクに

1453年になると、今度はコンスタンチノープルを制服したオスマントルコ帝国によって、アヤソフィアはイスラム教の宗教施設であるモスクに改装。イスラム教が偶像崇拝を禁止しているため、内部のモザイク画は漆喰で塗り固められ、イスラム装飾が施されます。礼拝の時間を呼びかけるミナレットと呼ばれる塔が建物を囲むように4本建てられ、内部にはアラビア文字でアッラーや預言者の名前が書かれた巨大な円盤、ミンバルと呼ばれる説教壇、スルタンが礼拝する特別室、そして聖地メッカの方向を示すミフラーブが設置されたのです。

 

 

2014年3月 9日 (日)

カッパドキア地方の町ギョレメにある野外博物館

トルコ中央部、カッパドキア地方の町ギョレメにある野外博物館。世界遺産に登録されたギョレメ国立公園内に位置する。イスラム教徒による迫害を逃れて、キリスト教徒が造った岩窟教会や修道院がある。そのうち30あまりの教会が集まるギョレメの谷を野外博物館として公開。聖バジル教会、林檎の教会、聖バルバラ教会、蛇の教会、暗闇の教会など、鮮やかなフレスコ画で装飾された教会が残っている。http://youtu.be/s2nt_SHN-vI  

Dsc02288

Dsc02286 Dsc02287

http://youtu.be/O4YOjluDtBw

Dsc02290

Dsc02291 Dsc02292

Dsc02293

http://youtu.be/jLLSwlXiFO0

 

トルコのカッパドキアにある陶器工房

トルコのカッパドキアにある陶器工房を見学しました。カッパドキアのアインシュタインと自称する陶工が、妙技を見せてくれました。

Dsc02271_3

Dsc02269_2 Dsc02273_2

Dsc02274_2 Dsc02275_2 Dsc02276_2

Dsc02272_2

Dsc02277_2

思わず購入した陶器にアインシュタインさんは、サインをくれました。

Dsc02280_2 Dsc02281_2

カッパドキア洞窟民家

カッパドキアでは、観光や調査用の遺跡として洞窟教会が利用されている。しかし、この地域では人工洞窟を生活の場として利用する人々が今でも存在し、洞窟と人間の深い関わりが脈々と息づいていることが確認できる。洞窟民家は、巨大な奇岩を掘削した穴を居住用の空間として利用している。民家の窓や入口は、洞窟教会を連想させる。

Dsc02247_2

Dsc02243 Dsc02258_3

Dsc02245 Dsc02246 Dsc02251 Dsc02252

Dsc02248 Dsc02250 Dsc02253

Dsc02255 Dsc02256_2

ここに住む条件は、政府より観光客に見学させることです。改装、修理は勝手には出来ません。かといって、政府より援助があるわけでなく、彼らは、農業とお土産販売で生計を立てています。

 

 

 

ウチヒサルの岩の城砦と鳩の谷

ウチヒサルの町にある岩の城砦。城砦の頂上からは360度のカッパドキアのパノラマを楽しむことができる。絶景。岩の表面にはたくさんの鳩の巣穴を見ることができる。 所在 ウチヒサル。

Dsc02236

Dsc02222 Dsc02223 Dsc02224 Dsc02226

Dsc02227

20140309_082935910_ios

2014年3月 8日 (土)

トルコの絨毯

トルコの絨毯の歴史は古く中央アジアの遊牧民生活の時代に遡ります。その後、アナトリアに定住し始めるようになると、込み入ったデザイン(主に幾何学模様)のものが織られるようになりました。

トルコでは世界で唯一結び目を2つ作るダブルノットと呼ばれる織り方を使用しているため、その強度と耐久性は最良と言われています。又、デザインや色は各種族や地域により独自の特徴を持ちます。幾何学模様から花や植物、動物、円形模様等さまざまなデザインの絨毯が作り出され、それまでの家財道具から部屋のデコレーションのひとつとして美しさを競うものが織られるようになりました。又、シルクロードからシルクが伝わり絨毯の芸術性を一層高めたのです。

Dsc02182_2

Dsc02186 Dsc02187

Dsc02191

ヘレケ絨毯は世界で最も高品質で芸術性の高いものだと言われています。シルクのヘレケ絨毯の場合、1平方センチメートルの中に100~120もの結び目があり、強度や品質の良さだけでなく絵画のように繊細な模様が芸術作品として評価されています。 

http://youtu.be/amDC60OIBO8

世界遺産 ギョレメ国立公園およびカッパドキアの岩石遺跡群

"妖精の煙突"と呼ばれる岩の形成物の間に位置するギョレメ は、トルコの歴史地区カッパドキアの町である。ギョレメ国立公園(トルコ語でGöreme Milli Parklar)は、1985年にユネスコの世界遺産リストに加えられた。この地域への初期の移住は キリスト教が伝播した頃の古代ローマ後期にさかのぼる。史跡の中にはギョレメのオルタハネ、ドゥムス・カディル、ユフス・コックとベジルハネの教会、岩から彫られた家々と縦抗がある。 地下45メートルまでには、広範囲の地下都市が近年発見されている。カッパドキアには「必見」の場所がたくさんある。たとえば"妖精の煙突"と呼ばれる多様な奇岩、ギョレメ谷、ギョレメ国立公園、岩窟教会、カイマクル・デリンクユあるいはオズコナックの地下都市、ゼルヴェ谷、アヴァノスとその陶器、ウチヒサルの岩の要塞、ウフララ渓谷とソアンル。
2005年の公式観光者数は、年に850,000人の外国人旅行者、そして約100万人のトルコ人旅行者が訪れると示している。

20140308_120006434_ios_2

Photo_3

Dsc02064 Dsc02065_2 Dsc02069

イスタンブールで乗り継ぎ、カイセリ空港に午後10時過ぎに到着。車に乗ること、約1時間で、カッパドキアのホテルに投宿。

Dsc02071 Dsc02072 Dsc02074

Dsc02078 Dsc02076 Dsc02077

早起きして、朝の6時頃、ホテル周辺を散策。通りの向かいにある広場(上左、後方は、スーパー)は、7時頃から人が集まり始め、一大青空市場に変身です。生活力が漲っています。

近くでは、乾燥ナツメヤシ等の業者取引場が、開設されています。

20140308_045541509_ios 20140308_045609523_ios

Dsc02089 Dsc02090

Dsc02093 Dsc02097

20140308_050240700_ios

桜の花と間違えるほどに綺麗な杏の花でした。

カッパドキアはいくつかの地下都市を有しており、主として初期キリスト教徒によって、隠れ場所として使用された。4世紀のカッパドキアの神父たちは、初期キリスト教哲学の多くに対して不可欠な存在であった。ローマ帝国が分裂するとカッパドキアは東ローマ帝国に属した。535年にユスティニアヌス1世はプリマとセクンダの2つの属州を再び統一のカッパドキア属州として統合した。その後、イサウリア人による襲撃を受け、7世紀前半までにカッパドキア属州はサーサーン朝の支配下へ入ったが、サーサーン朝がイスラム勢力によって滅ぼされると、カッパドキアは東ローマ帝国の領土に再び組み入れられて、アナトリコン(Anatolikon)とアルメニアコン(Armeniakon)の2つのテマ制に再編された。
1071年のマラズギルトの戦いで東ローマ帝国を破ったセルジューク朝がカッパドキアを支配。セルジューク朝の崩壊後、一時期はKaramanoğluが支配したが、15世紀までにオスマン朝がカッパドキアを領有し、現在はトルコ共和国の領土内にある。

Dsc02156

カッパドキアは、標高1000メートルを超えるアナトリア高原中央部に、100km²近くにわたって岩石地帯が広がる台地です。キノコや煙突のような形の奇岩が林立し、巨岩がそびえる景観はまさに自然の驚異です。この不思議な風景は、柔らかい地層と硬い地層が重なり合い侵食されて生み出されました。「シリーズ世界遺産100」では、この奇岩の大地に秘められた、キリスト教徒たちの営みを伝えます。3世紀半ば、ローマ帝国の弾圧を逃れたキリスト教の修道士たちが、カッパドキアに移り住みました。彼らは柔らかい岩をくり抜いて住居や教会を作ります。12世紀に作られた洞窟教会には、光がささないため当時のフレスコ画がそのまま残っています。キリスト教徒たちはこの地でペルシャやイスラム勢力に包囲され、絶えず脅威にさらされていました。そのため彼らは、敵から一時的に身を隠す場所を地下に求めました。1965年に発見された地下都市は、地下8階、深さ65メートルに及ぶ巨大なものです。地下1階のワイン製造所、地下2階の食堂、居間、寝室、収容人数に合わせて自由に掘り進められました。地下5階をつなぐ通路には、外敵が襲ってきた時通路をふさぐため、1トンもの大きな石を転がして通路を閉じる仕掛けもありました。そして、最下層の空間は十字架の形に掘られた教会になっています。カッパドキアのキリスト教徒たちは、地下都市の一番底に、神への祈りの場を設けたのです。

http://youtu.be/1ObN9ui99oc

20140308_121238936_ios

Dsc02106 Dsc02107  Dsc02112

洞窟レストランで昼食をとりました。

Dsc02132 Dsc02127 Dsc02130

http://youtu.be/dbxb381G93I

Dsc02142

Dsc02146 Dsc02147

Dsc02155

Dsc02161

Dsc02169_2

Dsc02170_3

Dsc02176 Dsc02177

 

 

« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »