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2014年5月 2日 (金)

信玄菩提寺 恵林寺&周辺探訪

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笹一酒造(大月)

Dsc04622 1919年(大正8年)11月3日に田辺酒造の支配人であった天野久によって創業された。天野は従兄とともに笹子酒造の醸造権と醸造場を買収して独立し山梨酒造を創業し、戦後山梨酒造は解散し笹一酒造が創業された。1951年(昭和26年)に株式会社化し現在に至る。日本酒をはじめ、焼酎やワイン、果酒も製造している。関東地方一円に出荷しているほか、本社のある笹子駅前の国道20号沿いに直売所および土産物店がある。俗に言う甲州戦争(天野久を中心とする天野一族と田邊圀男を中心とする田辺一族の地方政界の争い)が激しかった時代は、双方とも蔵を持っていたため天野派、田辺派の宴席に出す際には大変気をつかったという話がある。

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放光寺 
山梨県甲州市塩山藤木にある寺院。武田晴信(信玄)はが弘治元年(1555年)12月に実施した藤木郷への棟別改めにおいて、諸役免除の庇護を受けている。永禄11年(1568年)3月、越後侵攻を行った際には放光寺のほか慈眼寺(笛吹市一宮町末木)、法善寺(南アルプス市加賀美)はじめ11か寺に戦勝祈願を行わせている。
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ハーブ庭園旅日記
 一年中いつ訪れても、色とりどりの花やハーブたちが出迎えてくれます!
中央道・勝沼ICより甲府方面へ15分という好アクセスにあって、10,000坪という広大な敷地を誇る「ハーブ庭園旅日記」は、約200種類ものハーブたちが咲き誇る美しい大庭園。春はチューリップ、夏はひまわり畑、秋はコスモス畑、冬は大温室でさまざまなお花やハーブ、世界中のめずらしい果実などをわんこと一緒に観賞できます
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ローズゼラニウム(ハーブ)は、肌の弱い人に適していると言う。指先のヒビ割れ、に効果があるといわれている。試したところ、肌がスベスベになり確かに即効的に効いた。私の場合は、手先がしょっちゅう荒れていて、日常的にニベア、薬局で購入したクリームを塗っていたので、大変関心があった。瓶詰200ml入りで1200円だったので、2本とクリーム1個を求めた。庭園内のハーブを利用して「ナチュラル化粧品」各種製品を販売している。製品ショールームで、商品の説明があり。直売もしている。

ゼラニウム

ゼラニウムは、ハーブ系の香りの中に、ローズに似たフローラルな香り。ローズに似た香りもつことで、「ローズぜラニウム」の別名をもっているゼラニウム。ヨーロッパでは、ゼラニウムには悪霊を追い払う力があると信じられており、家の周りにゼラニウムを植える習慣がありありました。今でも、窓辺に赤いゼラニウムを飾る習慣が残っています。
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庭園内に、露天の足湯温泉がある。

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信玄館
  昼食 甲州信玄ブランド三大肉御膳
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宝石の森
 大きな白大理石の門柱とライオンートがお出迎えしてくれます。 ゲートを通り過ぎるとローズクォーツやトパーズ、 アメジストで作られた宝石の滝が見えてきます。 正面にはペガサスにまたがった女神の像と大きな噴水が煌々と水を湛えています。
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宝石の森では、
鉱石トルマリンの研究がなされ、トルマリンが電気を発生し血液の循環を良くすると言う効果をもたらすことを実証し数々の健康機器を製造している。トルマリンは、遠赤外線とマイナスイオンを発生し体温を上昇させるという。トルマリンを使ったシートを製品化している。家内に、一枚このシートを」購入しました。おまけもつけてくれ、宅配・税込みで、10800円でした。
トルマリンtourmaline)は、ケイ酸塩鉱物のグループ名。結晶を熱すると電気を帯びるため、電気石(でんきせき)と呼ばれている。宝石のひとつで、10月の誕生石である。石言葉は「希望」。世界的に見ると多産な鉱物であるが、稀にある含銅リシア電気石に関しては、宝石としてのいわゆる「パライバ・トルマリン」として希産宝石として珍重される。

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恵林寺
 山梨県甲州市塩山小屋敷にある寺院。山号は乾徳山(けんとくさん)。臨済宗妙心寺派に属する寺院である。甲斐武田氏の菩提寺として知られる。
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鎌倉時代元徳年1330年)に、甲斐国の守護職であった二階堂貞藤(道蘊)が笛吹川上流の所領牧荘を寄進し、五山派の夢窓疎石を招き開山。二階堂氏邸を禅院としたのが始まりとされる。もとは円覚寺派に属し、関東準十刹の寺格を有していた。

恵林寺は甲斐における臨済宗の中心となり、絶海中津や龍湫周沢らが住持となる。応仁の乱で荒廃するが、甲斐武田氏の菩提寺に定められて復興し、京都から高僧が招かれる。

天文10年(1541年)には武田晴信(信玄)が臨済宗妙心寺派の明叔慶浚・鳳栖玄梁を招いて再興し、永禄7年(1564年)には武田氏により寺領が寄進され、永禄7年(1564年)に美濃崇福寺から快川紹喜を招く。天正4年(1576年)4月には、快川を大導師に、嫡男の勝頼を喪主として信玄の葬儀が行われた(「天正玄公仏事法語」)。 

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右下は、武田信玄の墓所 隣には、江戸幕府の将軍徳川綱吉時代に側用人であり、晩年に甲府城の城主となった柳沢吉保の墓所にもなっている。晴信、39歳で出家し信玄(僧侶)と号し、1573年4月12日、53歳にて病死。恵林寺では4月12日に信玄忌として毎年供養が行われる。信玄の墓の後ろには武田家臣の供養塔が約70基並んでいる。

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恵林寺庭園(国指定名勝) 
本道の裏側には夢窓国師築庭の池泉回遊式帝位円が拡がっている。
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四脚門(国重要文化財) 参道を上がると四脚門が(赤門)が現れる。この赤門は織田信長により全山焼かれた後、徳川家康によって再建された当時のものである。
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河口湖創造の森(富士桜) 
フジザクラといえば、富士山を代表する桜。4月の終わり頃になると小さくて白っぽい花が可憐に咲き、長い冬の終わりを知らせます。河口湖にある創造の森はフジザクラの名所。富士山をバックに淡いフジザクラの花が咲き、カメラマンや家族連れ、カップル、様々な人たちが笑顔で歩いていました。毎年、ゴールデンウイークの頃には、富士桜ミツバツツジ祭が開催されています。わた菓子やポップコーン、甘酒などのサービス、植木市、木工クラフト教室などもありました。見頃:4月下旬〜5月上旬   林大家一起照相。他们总是五月來日本見姐姐。
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公園の入り口付近では、地元商品を販売する露天が軒先を並べていた。

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偶然出会った早稲田大生のグループ。娘の後輩だということで親しみが沸き、カメラに収めました。
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これで、おしまい、

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コメント

写真とてもよく撮れて、最高です。
小生も、昨日山梨へ、孫を連れていってきました。
行は、メリシャンのワイナリー見学(慶応の後輩が支配人)、農場でコーヒータイム、
その後、上さんの実家で焼き肉パーテイ、実家の農園で桃の選定視察、天下茶屋(太宰治が、
S13年9-11月逗留し、富岳百景を書き上げた処。
富士には、「月見草がよく似合う」で有名です。
天気も良く、みんな感動を共有しました。
帰りは、4時半の勝沼を出たのですが、相変わらずの渋滞で4時間くらいかかりました。

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