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2014年7月の7件の投稿

2014年7月29日 (火)

三菱商事九州支社勤務の集い

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神楽坂 毘沙門天近くの仏レストラン 『ワインクラブ ラ タブレ』で、三菱商事九州支社勤務した商事OBの夕食会が、開かれました。かれこれ14年ぶりの再会でした。

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2014年7月17日 (木)

石川さゆり公演

初めて、中野サンプラザに行き、石川さゆり公演を鑑賞しました。彼女の演出は、五木ひろしとは異なり、トークで観客と交流するスタイルで楽しませてくれました。ステージの合間に観客からプレゼントが渡されていましたが、その多くは、私と同年代の男性でした。私には出来ない振る舞いです。皆さん自分に素直に行動していたようです。私も、今度は参加できるかも?

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1973年3月25日、「かくれんぼ」でアイドル歌手として日本コロムビアよりデビュー。キャッチフレーズは“コロムビア・プリンセス”だった。しかしデビューから暫くは「花の中三トリオ」などの影に隠れて、大きな人気を得るには至らなかった。それから4年後の1977年に「津軽海峡・冬景色」が大ヒットとなり、第19回日本レコード大賞歌唱賞など、数々の音楽賞を受賞した。

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観客席は、前から2列目の中央部でしたので、目の前に石川さゆりが登場していました。

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2014年7月15日 (火)

八丈島の旅で会った人、再会した人

御蔵島の廣瀬さん 都庁を定年し、御蔵島に帰郷しています。現在、御蔵島の村議会議員をされています。御蔵島が、イルカで有名なこと、かつお鳥(オーシズナギドリ)が、かつお漁のポイントになること、御蔵島の柘植が、将棋の盤・駒に使われ日本一の産地であることを教えてくれました。

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都立八丈高校野球部 佐々木監督。残念ながら、夏の地方予選初戦で、3-1で敗退して帰島。

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再会したホテル リード アズーロのスタッフ

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登山ガイドの浅沼さんと奥山さん

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居酒屋百名山「梁山泊」の皆さん

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2014年7月14日 (月)

八丈島三原山

Img_1692_2ガイドの浅沼さん(右)と奥山さんと共に、三原山に向かいました。

標高700m、10万年以上も前に誕生した山。川や滝が多く、樹木がうっそうと茂る、成熟した自然が魅力。三原山頂への登山 八丈町役場を基点に、発電所の横を通って、NTTの中継所までは舗装道路が1時間強続く。その先は登山用の階段や尾根道が続きます。霧でカルデラの広がる光景や、眺めのよい場所からは八丈富士方面の展望は、全く出来ませんでした。ガイドの浅沼さんによれば、夏は、海面上空の温度が30度になると、水蒸気が発生し山に当たり、霧がでて視界不良になるとのことでした。秋口から、翌年の梅雨入り前が、好条件とのことです。

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登頂が、終わり、後は舗装された道を下るだけです。途中に咲く草花は、目を楽しませてくれました。

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舗装された道路から、又登山道に入り唐滝(からたき)・硫黄沼をめざします。  三原山頂の南側中腹にある唐滝は、常に水が流れている滝としては島内最大で落差36.3m。唐滝への道中にある硫黄沼は室町時代に作られた溜め池で、硫黄分が溶けて緑色になっている。

こんなところから、入り込むので、ガイドがいなければ分かりません。

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緩やかな道を下って、樫立に下山。奥山さんが、先に行って待っている車に乗車し、「やすらぎの湯」に入湯。入湯料300円。

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2014年7月13日 (日)

八丈島を自転車走行

2回目の八丈島訪問は、20インチの折りたたみ自転車を持ち込んでの訪れです。曇りがちな空でしたが、晴れが続くこともあり、港からホテルまで、気持ち良い走行でした。山谷があり、谷になると、ペダル無しでもぐんぐん突っ走っていきます。

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ホテルに荷物をおいて、島巡りです。

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源為朝神社
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八丈島植物公園
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2014年7月 9日 (水)

桂文枝&春風亭小朝

春日部市民文化会館で開催された桂文枝&春風亭小朝の二人会を鑑賞しました。文枝さんは、7月で71歳になるそうです。小朝さんは、NHK大河ドラマ「黒田官兵衛」に明智光秀で出演中で、体重を15kgも落としたそうです。二人共、話し手の切り返しが、はっきりとしていてさすがと思わされました。弟子の話も、上手ですが、話し手が、誰だかわかりづらい面があり、弟子との差が、歴然としていました。

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2014年7月 3日 (木)

五木ひろし50周年記念公演

初めて明治座に行ってきました。演歌歌手、五木ひろし(66)が演出する、東京・日本橋浜町の明治座で行う歌手生活50周年記念公演「歌舞奏スペシャル」を鑑賞しました。 日替わりで豪華女性歌手陣と共演するのが話題で、この日は坂本冬美(47)とコラボ。ピアノやギターなど多彩な楽器演奏も披露し、約1400人を酔わせた。一生懸命舞台を演出していて、彼の真面目さを初めて知りました。これが彼の芸能生活の原点かもしれません。やはり、手を抜かず全力こそ力なりと再認識させられました。

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五木 ひろし(本名:松山 数夫〈まつやま かずお〉、1948年3月14日 ) は、日本の演歌歌手、作曲家、俳優。血液型はA型。2007年、紫綬褒章を受章した。1965年6月、“松山まさる”を芸名として、コロムビアから「新宿駅から/信濃路の果て」でデビュー。シングルを計6枚発売するもヒットに至らず、1967年4月、“一条英一”に改名して、ポリドール・レーベルから「俺を泣かせる夜の雨/流れ星(B面は愛田健二)」で再デビュー。デビューしてから約5年間の間に2度も芸名を変更するなど不遇の時代を過ごす。1970年、よみうりテレビ制作のオーディション番組『全日本歌謡選手権』に、歌手生命のすべてを賭けてミノルフォン専属のプロ歌手“三谷謙”として出場。第1週挑戦時には、「これで駄目なら、ふるさとの福井に帰って農業をやる」と覚悟のほどを語っているが、最終的には10週連続で勝ち残り、グランドチャンピオンに輝く。これにより、レコード歌手として再デビューできる権利を獲得。同番組の審査員であった作詞家の山口洋子と、作曲家の平尾昌晃に師事。。五木ひろしと改名し、発売した「よこはま・たそがれ」はオリコン・シングル・チャートで、最高位1位、登場週数46週、65万枚に迫る売上げ、スターの道を歩み始めた。


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館内の土産店が立ち並び、多くの鑑賞客で賑わっています。

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