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2015年9月の7件の投稿

2015年9月28日 (月)

氷川きよし コンサートツアー2015

渋谷公会堂で、氷川きよしコンサートツアー2015 を鑑賞。氷川きよしと観客とコラボがなんとも言えない。観客は、ネオン灯を振り、「きよし きよし」のコール。観客は、一緒になって舞台を盛り上げている。これが、氷川の人気の源と思う。この渋谷公会堂は、9月末に新館工事のため閉館です。2020年のオリンピックに合わせて完成の予定です。

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2015年9月24日 (木)

永平寺

永平寺は、福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗の寺院。總持寺と並ぶ日本曹洞宗の中心寺院(大本山)である。山号を吉祥山と称し、寺紋は久我山竜胆紋(久我竜胆紋・久我竜胆車紋)である。開山は道元、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏である。曹洞宗の宗祖道元は正治2年(1200年)に生まれた。道元は仏教への志が深く、14歳で当時の仏教の最高学府である比叡山延暦寺に上り、仏門に入った。真の仏法を学ぶには中国(宋)で学ぶしかないと道元は考えた。師の明全も同じ考えであり、彼ら2人は師弟ともども貞応2年(1223年)に渡宋する。

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金沢の名所

金箔と近江町市場  主計町茶屋街 ひがし茶屋街

金箔 明治以降の流れを見ると、製箔は世間の好不況に大きく影響されることがわかります。昭和から平成にかけて箔の生産金額は上昇していますが、それ以降の長期的な不況の中、箔の生産は減少傾向にあり職人の数も減ってきました。  このような中、平成21年(2009)に「金沢金箔伝統技術保存会」が設立され、伝統的な製法で作られる縁付(えんづけ)金箔の技術を次の世代へ伝承する動きが興っています。  金箔は、製作用具が昭和46年(1971)国の重要民俗資料に指定、また昭和49年(1974)に伝統的工芸品産業の振興に関する法律(いわゆる「伝産法」)が施行されると、昭和52年(1977)に「金沢箔」として指定伝統的工芸材料となっています。

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近江町市場

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加賀藩では領民にも謡を奨励し、多くの領民が謡を習い、その裾野は大きく広がった。金沢は「空から謡(うたい)が降ってくる」と言われるほどの町になった。そんな風情が一番残っている町である。

江戸時代、城下町近郊を流れる犀川・浅野川両界隈に多くの茶屋が立ち並んだ。文政3年(1820年)、加賀藩の許可を得、犀川西側に「にし」の茶屋町、浅野川東側に「ひがし」の茶屋町が共に開かれ、大いに賑わった。

主計町茶屋街

加賀藩士・富田主計(とだかずえ)の屋敷があったことに由来。金沢市では東山ひがしとともに、種別茶屋町で重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。

主計町は北国街道が浅野川を渡る地点に架かる浅野川大橋の近くに位置する。茶屋町として明治期から昭和戦前期にかけて栄え、当時の建造物が多く残っている。金沢の茶屋街は東山地区の「ひがしと、野町地区の「にし」と、浅野川の近くで「ながれ」とも呼ばれた主計町の3つがある。どこも石畳が敷かれ、料亭や茶屋が並び、「木虫籠」(きむずこ)と呼ばれる格子窓から、三味線の音が聞こえてくる情緒ある町並みである。

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ひがし茶屋街

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「志摩」は、文政三年(1820)に建てられたお茶屋の建物で、これまで手を加えることなく、江戸時代そのままに残っており、学術的にも貴重な文化遺産として高く評価されている。

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金沢21世紀美術館

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2015年9月23日 (水)

40年振りの北陸の旅

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先々月に、商事を卒業し帰国した同期入社の後藤君と40年ぶりに金沢を訪れました。これも北陸新幹線の乗るのが一つの目的です。40年前に名古屋に新入社員として赴任し、私が買ったばかりのセリカで出かけ、永平寺、東尋坊に行ったことがあります。40年前に比べ金沢駅前は、様変わり、新幹線も満席状態です。大宮から金沢まで約2時間半で到着。2015年3月に長野駅 - 金沢駅間が開業したことにより、最速達列車で東京駅 - 富山駅間が2時間8分、東京駅 - 金沢駅が2時間28分となった。東京駅 - 大宮駅間は東北新幹線と、大宮駅 - 高崎駅間は上越新幹線と線路を共用する。

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兼六園

Photo_317世紀中期、加賀藩により金沢城の外郭に造営された藩庭を起源とする江戸時代を代表する池泉回遊式庭園である。広さは約11.7ヘクタール。岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで、日本三名園の一つに数えられる。1922年に国の名勝、1985年には国の特別名勝に指定されている。延宝4年(1676年)に5代藩主前田綱紀が「蓮池亭(れんちてい)」を造り、その庭を「蓮池庭(れんちてい)」と呼んだのが始まりとされている。13代藩主前田斉泰 文政5年(1811年)~明治17年(1884年)が現在のものにほぼ近い形にしたとされる。「兼六園」の名称が定められたのもこの頃である。

  園内中央にある霞ケ池

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園内の寄観亭にて昼食

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金沢城公園

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三の丸
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二の丸
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加賀片山津温泉
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2015年9月17日 (木)

石川さゆり 博多座特別公演

博多座で公演中の石川さゆり 特別公演 はかた恋人形を鑑賞。福岡は、15年前に単身赴任で2年ほど過ごした街です。街全体が程よくコンパクトにまとまり、ファショナブルな、とても住みやすい街です。勤務していた三菱商事九州支社に事前予告なしに、立ち寄り、昔の面々と再会。 15年も経っているので、皆さん、それなりに円熟に向かっています。

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Photo_4この「はかた恋人形」は、実在人物 博多人形師 小島与一をモデルに演じられています。小島与一[明治19年(1886)8・18 ~ 昭和45年(1970)6・6] 福岡市、中市小路生まれ。市小路小学校(現・奈良屋小)卒後、日本画家・上田鉄耕に師事し、博多人形師白水六三郎に入門。名人与一として知られ、名作を発表しながら、多くの弟子を育成した。火野葦平の小説「馬賊芸者」のモデル、歌人吉井勇の歌に「人形師与一の髪のいや白し 艶話の主のいまや老いさぶ」がある。代表作は、「3人舞妓」。大正13年のパリの万国博覧会で銀牌を受賞。3_3

与一の弟子で、博多人形師 西頭 哲三郎氏によれば、与一は「先生は物を買うときはパッと買われるが、支払いの方はすっかり忘れてしまわれる。それで「与一払い」と言われていたのです(笑)。 金に無頓着というわけじゃないのですが、気が向くと何秒と待てないような人ですから「あれよかねー」の後は、すぐに「あれ買おう」です。旅行にお伴したときでも、骨董屋で「よか壷ばい」でパッ。いつも帰りの汽車賃が流れてしまう(笑)。それから、先生はお客さんに人形を渡すときいくらだと言ってあるのですが、すぐ忘れてしまわれる。後で私が「いくらもらってくればいいですか」と聞くと、いくらと言われる。お客さんにその値段を言うと、話が違うと言って腹たてられる。「もう一ぺん先生に聞いてみんしゃい」で、帰って先生に聞くと「そげなこと言うとらん」、私は間にはさまってオロオロするばかり。「そんなら人形取りあげて来い」と、そういうことが何回もありました。最後には「せからしか(面倒だ)、ただでやってこい」(笑)。 歌舞伎を観に行っても帰りになると、問屋に行って金借りて来いと言われる。持っているだけ使われるので、帰りのお金がなくなってしまう。行きはよいよい、帰りは恐いということは、よくありました(笑)。」

この芝居では、弟子の言うような与一の性格が、良く表現されています。歌謡芝居ではなく、本格的な芝居です。芸妓から転じて、与一を支えた女房役を、女優として石川さゆりが演じています。

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2015年9月10日 (木)

都はるみファイナルステージ

越ケ谷市民ホールで開演された都はるみのショーに行ってきました。大雨で越ケ谷は一時、浸水と報道されていましたが、午後6時の開演前の5時頃から電車も動きはじめ、平常を取り戻し始めていました。観客の多くは、私と同年代です。つまり年寄りばかりで、私もその一人とガッカリしています。バンド演奏者も、同年代のように見えました。それもそのはず、25年も専属で演奏しているのですから。

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アンコ椿は恋の花  https://youtu.be/NMwR7I540fg 1964年(昭和39年)、「困るのことヨ」で、デビュー。同年「アンコ椿は恋の花がミリオンセラーになる大ヒット

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2015年9月 4日 (金)

日本社会事業大学相談援助実習

社大の相談援助演習です。介護サービスを利用している82歳の老婦が、お風呂に入りたがらなく、お風呂の話をするとにらみつけられる。脱衣所まで案内すると、何するんだ(怒)、暴言をはく、しまいには平手打ちが飛んでくる。このような人に対してどのような支援が出来るか、4グループに分かれ 行う演習です。老婦の背景、生い立ち、職業歴、家族関係、家周辺の環境等を十分考慮して結論を導かなければなりません。

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私のグループの発表です。

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