2016年12月31日 (土)

社会問題に無関心な社会か

日本に、非正規労働者は、2,000万人を超え、労働者の4割を占め、多くは年収は、200万円程度である。この現状が続く限り、少子高齢化はさらに深刻化する傾向にある。社会保障費が増えても、負担することに異議を唱え、日本全体が困窮者にもなるかもしれないこの現状を分からずか、己の趣味や宴会、集まりに浪費することに喜びを見出し、対岸の火事とみる野次馬であるという認識が足らないのであろうか。一見豊かに見えるが、実は、質的に物理的にも貧しい国である。

2016年4月 8日 (金)

法政大学大学院

4月から、法政大学大学院に通うことになりました。社会福祉を基礎とした地域産業・社会のイノベーションをどう構築するか、研究テーマを絞り込んでいます。自分が知りたい、研究したい分野の文献、論文、学術書を読み漁った(飛び読みかもしれません)結果、従来の福祉学部系とは違う観点から研究したいと思います。

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2016年1月13日 (水)

枝葉末節の議論

安倍晋三首相が13日午前の衆院予算委員会で、経済政策に関する○○党議員の質問に対し「枝葉末節な議論。○○党の支持率も上がらないんじゃないかと心配している」と皮肉る一幕があった。○○党の質問は、いつものことながら、政策論争ではなく、言葉尻を捉えて相手を糾弾する。これで、国政を語るとするなら、何を語らんとするのか? 視聴者も呆れる。国税を揚げ足取り論争に浪費されているという自覚の無さに呆れる。国政に送りこんだ支持者に申し訳ないであろう。

2016年1月10日 (日)

人生には計画?

人間は、自分の終末にほとんど関心もなく日々を送っている。人生には計画は通用するものではないが、多少なりとも意識するならよりよく人間は努力するようになるだろう。変わりたいと夢見ながらそれを実現できず悶々として過ごしている人は多い。多くの人が安定した生活に閉じ込められ、働いては消費するという単調な毎日から抜け出せずにいる。心の中では、別の人生を歩み、この地球に足跡を残し、自分自身に秘められた無限の才能を発揮したいと願っているはずだ。自分を見つめ直すことにより別の世界が広がるだろう。

2016年1月 7日 (木)

情報入手の勧め

多くの高齢者は、インターネットで利用できるサービスの価値を認める。しかしながら、パソコンは苦手と決めつけ子供や孫に頼んでパソコンから提供されるサービスを利用しているように見られる。是非、自分自ら操作し、使い勝手を経験し学んでみてほしい。何もパソコン教室に通わなくても、勝手に気ままに弄るつもりで遊べば、操作方法を発見し使い勝手が分かるものだ。それから、パソコン教室に通っても遅くはないし、覚えも早くなる。これから、時間、地域差がなくなる時代がさらに足早に迫っている。情報入手は、迎える時代に備える最も有効な手段である。

2015年8月 5日 (水)

人の心

結構、人は自分では気が付かないで私利に動いているのだろう。別に返信を期待して差し出しているわけではないが、暑中見舞いを出しても音沙汰ない人がほとんどである。返信のくれる人は、そのうち一割程度だが、何かと気配りが出来る人と思う。仕事で関係が有った時は、頻繁であったが、其れも過ぎるとほとんどが個人的なつながりと思い出で成り立っている人間関係である。自分の将来とは関係がない人と思うのか、途端に、交流が音沙汰なしとなる。人は、奥底では自己中心な動物のだろう。気が付かないで人を自己実現の道具として使っているのだろう。自分も過去そうしていたかもしれない。音沙汰のある人は、時あるごとにどうしているかとふと思う人たちである。そんな純な気持ちをいつまでも持ち続けたい。

2015年6月 9日 (火)

人生の終焉

同窓生は、既に60歳を過ぎ、人生の第3コーナーを回ったところである。いつまでも健康でいたいと健康が気になるようだ。思うに、元気でも、大げさな言いかただが、人の為、世の為にはからんと欲すせざるは、意味のない生き方のような気がする。人は、生まれた時よりも、死んだ時の方が、優れている。生まれることは、その人の努力ではなく、死は、その人が努力して人生をそれなりに全うしたからである。

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2015年2月 3日 (火)

思うに

同窓生、同期、同僚との交流に誘われるが、歳をとると多くは飲み食い思い出話ばかり。思い出だけで、これから生きようとしているように思われて仕方ない。建設的な将来を語ることもない。健康で元気に暮らしたいと典型的老人余生物語が綴られる。これで人生が終焉するかと思えば、残念な気がしてならない。私は、余生を社会に貢献したと思いが残るような人生を残り送りたい。

2015年1月 3日 (土)

人間熟成度

年老いても、プライドだけ高く人の上にいないと気が済まないと思う人、又、年長者だから若い人より偉いと思っている人が多いような気がする。そんなにプライドが高くたって、80年もすれば、なくなる儚い代物に過ぎないのに、それに気が付かない。プライドがあると、人とのぶつかり合いも多く余分な苦労をすることになる。人間は、この情理を理解し、人の下に立ちお役にたちたい気持ちがあれば、全てが、うまく行き、腹も立たなくなる。今年、一年、このような気持ちで人に接したい。

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2014年12月30日 (火)

無意味な交流はしない

普通の社会って何だろうな。メールや提案しても音沙汰ない人が多すぎる。かといって、同窓会、新年会、忘年会には顔を出す。飲み食いだけの交流しかできないのだろう。昔の思い出にすがって生きているようなものだ。人生の針が既に止まっている。日頃、交流してこそ、意見を聞き、眼を開き、人生に前向きな姿勢が生まれるのにと思っている。私は、思い出だけを振り返る交流は、人生の針が止まっている人々との交流で、お互いを舐めて慰めあっているようで参加はしません。

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